横浜地方裁判所小田原支部 昭和27年(ワ)42号 判決
原告 大矢もと
被告 中野欣一
一、主 文
被告は原告に対し、金二九、〇〇〇円及びこれに対する昭和二七年四月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告が被告に賃貸している神奈川県愛甲郡厚木町一、八四七番地所在、家屋番号同町第一、四〇九番、木造亜鉛葺二階家店舗建坪一三坪二合五勺外二階八坪七合五勺、附属木造亜鉛葺二階家店舗建坪六坪二合五勺外二階六坪二合五勺の賃料は、昭和二七年四月一日以降一ケ月金四、〇〇〇円であることを確定する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三一、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。原告が被告に賃貸している主文第二項掲記の建物の賃料は、昭和二七年四月一日以降一ケ月金五、〇〇〇円であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、
原告は、昭和二〇年五月一一日主文第二項記載の建物の敷地を含む愛甲郡厚木町一、八四六番の一宅地二二一坪九勺の所有権を取得し、次いで昭和二一年九月二三日訴外二見タキより右建物を買受け、同日所有権取得の登記を経た。被告は二見タキ所有当時から右建物を賃借し料飲食店を経営していた関係で、原告はその所有権を取得すると同時に被告に対する賃貸人たる地位を承継し、被告は引続き現在に至る迄その営業を継続している。
右賃貸借における賃料は、原被告間で協定したことがないので、はつきりはしていないが、原告は被告から一ケ月金一〇〇円の割合で二回受取つたことがあるにすぎない。そこで右の額が本件建物の賃料であるとすれば、その後の諸般の状況に照らし右賃料は不相当に低額となつた。即ち最近の貨幣価値の低下に伴い土地建物等の価格は一般に著しく昂騰しているばかりでなく本件建物は厚木町第一級の商店街の表通りにあつて、その敷地は原告の宅地二〇坪を使用しており、厚木町役場の昭和二六年度の評価によると建物金三二七、七〇〇円(坪当り金九、五〇〇円)敷地坪当り金一、九〇〇円であり、建物と敷地の実際の時価は合計して金六〇〇、〇〇〇円と見るのを相当とし(昭和二七年四月現在)、右土地及び建物の公租公課が昂騰していることも亦言うまでもない。よつて原告は昭和二六年六月一八日被告に対し賃料を同年七月一日から一ケ月金三、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、該意思表示は同年六月中に被告に到達し、次いで昭和二七年一月一四日被告を相手方として厚木簡易裁判所に対し、右建物の賃料を同年二月一日から一ケ月金五、〇〇〇円に増額を求める調停の申立をなし、右申立書は同年一月中に被告に到達した。従つて右建物の賃料は、昭和二六年七月一日以降一ケ月金三、〇〇〇円に、昭和二七年二月一日以降一ケ月金五、〇〇〇円に夫々増額せられたのに拘らず、被告は今日に至るまでその支払をしないから、原告は被告に対し、昭和二六年七月一日以降昭和二七年三月末日に至るまでの未払賃料合計金三一、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを求め、なお右建物の賃料が昭和二七年四月一日以降一ケ月金五、〇〇〇円となつていることの確認を求める。
と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、
原告がその主張の如く宅地二二一坪九勺及び本件建物の所有権を取得し、その登記を経たこと、被告が二見タキ所有当時より右建物を賃借しており、原告が所有権を取得すると同時に賃貸人たる地位を承継したこと、被告が引続き現在に至るまで同所において料飲食店を経営していること及び原告が昭和二七年一月一四日被告を相手方として厚木簡易裁判所に対し賃料を同年二月一日から一ケ月金五、〇〇〇円に増額を求める調停の申立をしたことは認めるが、その余の原告主張の事実を否認する。
被告は、昭和一一年二月九日二見タキから本件建物を、賃料一ケ月金二五円、毎月末日払、期間一〇年と定め外に造作代金四〇〇円、営業権代金二〇〇円を支払つて賃借し、その後昭和二一年一月期間満了と同時に同月から賃料を一ケ月金五〇円その他の条件は前同様の定めで引続き賃借して来た。同年九月二三日原告が右建物を買受けたので、被告は同年一〇月から原告に同額の賃料の支払をし、原告は昭和二二年一一月分迄これを受領し、同年一二月分から受領を拒絶するに至つたので、被告は現在に至るまで賃料を供託している。
本件建物は、厚木町の大通りに直接面せず、露地から出入する建物であつて、厚木町の第一級商店街の表通りにあるとはいえない。その延坪数は登記面と異り実際は三三坪五合、その敷地は約一六坪五合で全然空地なく、しかもその敷地中原告の所有に属するのは約一三坪五合だけである。本件建物の建築は三十数年前であつて、既に各所朽廃し、壁落ち雨漏り等が甚だしく通常の建物の価値を有せず、昭和二六年度及び二七年度の固定資産税額は五、二四〇円であつた。而して近隣の地代、家賃等は僅かに統制額を上廻るに過ぎず、家賃が三、〇〇〇円乃至五、〇〇〇円である事例は全く見当らない。
被告は嘗て愛甲郡農会の書記を勤めていたが、昭和一一年退職し、その退職金を以て本件建物を賃借すると共に、二見タキの夫芳太郎の料理屋営業を譲り受けたものである。被告は年令六十余才の老躯を提げ妻と二人きりで、ようやく営業を維持しているが、建物の構造が料理店経営には極めて不適当であるため、営業は極めて不振であつて、昭和二五年度の所得決定額は金一七〇、〇〇〇円にすぎなかつた。これに反し原告は厚木町一流の料理店を経営し盛大を極めているものである。
と述べた。
<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二〇年五月一一日次の建物の敷地を含む愛甲郡厚木町一、八四六番の一宅地二二一坪九勺の所有権を取得し、次いで昭和二一年九月二三日訴外二見タキより同町一、八四七番地所在家屋番号同町一、四〇九番木造亜鉛葺二階家店舗建坪一三坪二合五勺外二階八坪七合五勺附属木造亜鉛葺二階家店舗建坪六坪二合五勺外二階六坪二合五勺(但し、被告はその実測は三三坪五合で一坪少いと主張する)を買受け、同日所有権取得の登記を経たこと、被告は二見タキ所有当時から右建物を賃借していたが原告が所有権を取得すると同時に被告に対する賃貸人たる地位を承継したこと、被告は引続き現在に至るまで同所において料飲食店を経営していることは、いずれも当事者間に争がない。
証人二見剛の証言、被告本人の供述及び同供述によつて真正に成立したものと認める乙第一、二号証の各記載ならびに前認定の当事者間に争のない事実を合せ考えると、本件建物ではもと二見タキが夫芳太郎の名義で料理屋を経営していたが、同人は昭和一一年二月四日右建物を賃料一ケ月金二五円、期間一〇年と定めて賃貸し、その際なお被告から造作代金として金四〇〇円、営業の権利金として金二一〇円の支払をうけ営業を譲渡したこと、右期間満了後もその年の一月から賃料を一ケ月五〇円と改めて引続き被告に賃貸し、原告が賃貸人となつてからも昭和二二年七月分迄原告が同額の賃料を受領していたことが認められる。
ところで原告が昭和二六年六月一八日被告に対し賃料を同年七月一日から一ケ月金三、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、該意思表示が同年六月中に被告に到達したことは弁論の全趣旨により認められ、次いで原告が昭和二七年一月一四日被告を相手方として厚木簡易裁判所に対し賃料を同年二月一日から一ケ月金五、〇〇〇円に増額を求める調停の申立をしたことは当事者間に争がなく、該申立書が同年一月中に被告に到達したことは弁論の全趣旨により明らかであつて、反証のない本件では、右調停申立書の送達により賃料増額の意思表示がなされたものと認めるのを相当とする。
よつて右各時期以降の賃料額はいくばくを以て相当とするかにつき考察する。
成立に争のない甲第二号証の記載、証人今井七之助、岩部右三、二見剛、米山耕造、田代金治、相原時蔵、古木嘉重の各証言及び被告本人訊問の結果並びに検証の結果を合せ考えると、本件建物は厚木町でも一流繁華街である大手町商店街のほぼ中央北側に位置するが、玄関は直接表通りに面せず約四尺巾の路地を数間入つたところにあること、その利用し得る敷地面積は建坪を僅かに超える程度で空地を有しないこと、建築時期は大正十三年で現在迄ほぼ二十数年を経過していること、原告の本件建物の取得価格は金三八、〇〇〇円であつたこと、厚木町役場による本件建物の評価額は昭和二六年度において金三二七、七〇〇円(坪当り金九、五〇〇円)、同じくその敷地を含む前記宅地二二一坪の評価額は同時期において金二八七、四一〇円(坪当り金一、三〇〇円)であること、厚木町内商店街の店舗の賃貸料の実例は本件建物の従前の賃料である一ケ月金五〇円の如き低額のものは全く見当らず、本件建物と同じ通りに面する山梨七蔵(布団等販売店経営)及び青木広吉(洋品店経営)の賃借する建物は本件建物より建築時期は約一〇年遅く昭和一二年頃賃料一戸一ケ月金一九円程度で賃貸せられたものであるが、建坪合計二七坪二合五勺外二階一七坪五合で現在賃料合せて一ケ月金五、〇〇〇円(但し昭和二七年五、六月頃迄は四、〇〇〇円)で坪当り約一一〇円にあたり、その他同じ通りには適切な実例はないが、本件建物より徒歩五分余を要し、利用価値に於て本件の場所と大差ないと思われる本厚木駅近くの飲食店舗の賃料は概ね坪当り一ケ月金三〇〇円を越えている状況にあることが認められる。これらの事実と既に認定の本件建物賃貸借成立当初の事情、賃料額の変遷を綜合しなお当裁判所に顕著な本件各賃料増額の意思表示のなされた当時における一般物価の状況、その他諸般の経済情勢殊に本件について適用はないが昭和二六年九月二五日物価庁告示により同年一〇月一日から家賃統制額が改訂された事実を参酌すれば、本件建物の昭和二六年七月一日以降の賃料は一ケ月金三、〇〇〇円、昭和二七年二月一日以降の賃料は一ケ月金四、〇〇〇円を相当とすると認める。而して本件建物の実測につき当事者間の主張は一坪違つているが、この主張のいずれが正しいとしても右金額に差異をつけるべきではない。よつて原告のなした前記賃料増額の各意思表示は右の限度において効力を生じたものというべきである。
しかして原告の未払賃料の請求部分については、昭和二六年七月一日から昭和二七年三月末日迄の前記認定の賃料による合計額は金二九、〇〇〇円となるところ、被告は賃料を供託していると主張し、その本人訊問に際しては一ケ月金六〇〇円の割で賃料の弁済供託をしていると供述したが、この供述だけでは、提供の有無も、何年何月分の賃料の供託であるのかもはつきりしないので、供託金額を控除することはできないから、被告は原告に対し金二九、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和二七年四月五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、しかして本件建物の賃料が昭和二七年四月一日以降一ケ月金五、〇〇〇円となつていることの確認を求める部分は、一ケ月金四、〇〇〇円の限度においてはこれを正当として認容し、原告のその余の請求は失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三淵乾太郎)